この一週間
門信徒旅行から帰ってきてからの、この一週間もバタバタでした。
まず旅行翌日の火曜日は、朝から刑務所へ。刑開始時指導ということで、新たに刑務所に入ることになった方々にお話をします。毎回これでいいのだろうかと自問自答しますが、よくわかりません。ただ、一回一回のご縁を一生懸命思いを込めて務めさせていただきたいと思っています。その日は来客やオンラインでの打ち合わせ、お通夜、そして宗派仏教青年連盟指導講師Web会議とギッシリ詰まったスケジュールでした。
翌水曜日は、午前中ご葬儀を勤めさせていただき、午後からは築地本願寺へ。東京教区布教団の総会と研修会でした。なかなか今まで行けなかったのですが、今回は仏教対話型AI「ブッダボット」を共同開発された古屋俊和先生がご講師ということもあり、是非現地で聴きたいと思い行ってまいりました。ご承知の通り、AIの進化はもはや想像を超えています。ただ、先生はAIの専門家でいらっしゃいますが、AIは知能を代替し、ロボットは身体を代替するものの、それでも最後に残るのは人間の苦しみに意味を与える宗教であると断言されました。AIの言語情報はもはや人間よりも優れている一面がありますが、人は非言語情報(五感で感じること)にかなり影響を受けていることも事実で、そこにもお寺の存在意義や意味があるのだと思いました。儀礼の重要性にも改めて気づかされたことでした。懇親会まで参加しましたが、図らずも途中からは古屋先生の正面の席で最後までAIと宗教について語り合えたのは大きな喜びと収穫でした。


木曜日は静岡県教誨師の総会と研修会が静岡刑務所で行われ、参加してまいりました。これについては前住職日記で紹介されていますので、割愛させていただきます。前住職日記にも書かれていますが、とても良い雰囲気の中で刑務所職員と教誨師が連携できているのは、とても素晴らしいことだと改めて感じました。翌金曜日は午前中はご法事で、午後からはお聖教を読む会。お昼は15名、夜は6名ご参加くださいました。こちらも前住職日記で紹介されていますが、今回で4年に渡って読んでまいりました『三帖和讃』がついに最終回となりました。長かったですが、一つの御和讃も飛ばさずに全てを読んできたことは大きな財産になると思います。ご参加くださった皆様、ありがとうございました。


土曜日は午前も午後も御法事でした。そして御法事の後は、溜まっている仕事をこなします。ようやくこのダイアリーを更新できたのも、このタイミングでした。そして日曜日は午前中少年会、そして午後は女性の会と覚寿の会〜おてらサロン〜です。これらにつきましては、後日坊守から報告があるようですので、楽しみにお待ちください。
そして本日は、先週の門信徒旅行で行ったばかりの三重県津市へ再び行ってまいりました。専修寺からもほど近い光蓮寺様で開かれた「中勢組総代会研修会」に、昨年に引き続き講師として招かれ、これからの寺院運営について総代の皆様と一緒に考えてきました。まず驚いたのは、光蓮寺様の山門を通ったタイミングで一人の女性が出てこられたのですが、なんとその方は教覚寺の御門徒さんでした。ご主人の仕事の関係で今は津市にお住まいで、一番近い本願寺派寺院が光蓮寺様のようです。そこでご両親の月命日にはこちらの光蓮寺様にお参りされているそうで、たまたま今日がその日でお参りされていたということでした。お互いにびっくりすると同時に、狭い世の中だなぁと、先週の専修寺での出遇いも含めて改めて思ったことでした。
研修会は昨年に引き続いてなので、和やかに進みましたが、同時に総代の皆様が危機感や責任感を持ってお寺に接してくださっている姿がよく伝わってくる研修会でした。私自身も色々と気づきをいただいた研修会となりました。ありがとうございました。
電車の中から専修寺の両堂の屋根が見えて、先週の門信徒旅行も思い出しながらの道中となりました。




長文、失礼いたしました。。。
学生時代から海外に興味を持ちアメリカやブラジルへ留学。大学卒業後に京都で仏教を学び、静岡へ戻る。現在は教覚寺の住職をつとめながら、週に1度ブラジル人学校で子ども達に日本語と英語を教えている。子どもや若者とお寺との接点をつくろうと、全国の仲間達と奔走中。
仏教の知識は全くないまま東京から嫁ぎ、とにかく奮闘中の2児の母。体を動かす事なら何でも好き。方向音痴で彷徨うのも苦ではないほど。まだまだ未熟者で頼りないですが、「大好きなお寺」と言ってもらえるように、みなさんの声を聞きながら日々励んでいきたいです。