2026年
9月
秋に見つけた 小さな「ありがとう」
暑かった夏も過ぎ、少しずつ秋の気配を感じる季節になりました。9月といえば彼岸会、教覚寺では9月20日、21日で行われます。

さて、今月のお題は、秋に見つけた 小さな「ありがとう」です。9月は敬老の月でもあります。お元気なおじいちゃん、おばあちゃんへの「ありがとう」、お浄土へ還られた祖父母との懐かしい思い出。
孫ひ孫 じいじ大好き 又くるね
そして涼しい風、虫の声、実りの秋、おいしい食べ物……。身近なところにも、小さな「ありがとう」が見つかりそうです。家族や仲間、お寺でのご縁、秋の風や実りにも――。身近に見つけた小さな「ありがとう」を、短い文章や一句にしてお寄せください。(h.y & k.m)
門信徒が運営するコーナー。編集委員から投げかけられるお題に答えてみよう!門信徒同士の交流の場としてお楽しみください。
え〜 私が喜寿!!
秋季彼岸会法要を兼ねて、盛大に喜寿を祝って頂き、ありがとうございました。
見渡すと、なんとお顔馴じみのお仲間が大勢いらしてほっとしました。
こんな愚かな私でも、阿弥陀さまの御前でお祝い頂き、身の締まる思いでした。
尚いっそうお聴聞し、日々たいせつにしなやかに、この今を受け入れて歩んでいけたらと願います。南無阿弥陀仏
喜寿、誠におめでとうございます。
「え〜 私が喜寿!!」の一言に、思わずこちらも笑顔になります。
お顔馴染みの皆さんと、阿弥陀さまの御前で一緒にお祝いできたこと、
本当にありがたいご縁ですね。
「日々たいせつに、しなやかに、この今を受け入れて」
とても素敵なお言葉です。
これからも共にお参りし、お聴聞し、お会いできますことを楽しみにしております。
雑煮椀 苦楽を共に 六十年
夏痩せて 親鸞に似し 義父の顔
塗椀を 小姑と拭く 報恩講
これはまた、味わい深い三句ですね。
今回は「秋のありがとう」というより、家族の年月と報恩講の記憶が三枚の映像として並んで
いる感じがします。
雑煮椀そのものが六十年なのか、ご夫婦・ご家族の歩みと重ねているのか、少し余白があります。
その余白がかえって、長い暮らしを感じさせます。
毎年使ってきた「椀」に人生を見るところが素敵です。
少しユーモラスでもあり、同時に義父様への親しみも感じます。
「親鸞に似し」と感じるところに、日頃から親鸞聖人のお姿が身近
にあるのですね!それはお寺の親鸞像をよく見られているからでしょうね!
塗椀を一緒に拭いている女性たちの姿だけで、昔の報恩講の空気が伝わってきます。
準備をする人がいて、お斎があって、ご門徒が集まって――。
そういう暮らしの中に報恩講があったのでしょう。
深呼吸 新聞受けに 秋の風
朝晩は涼しくなりましたね。皆様お身体ご自愛下さい。
爽やかな秋の朝が浮かんでくる一句をありがとうございます。
新聞を取りに出た、いつもの朝。
ふと感じた涼しい風に、季節が一歩進んだことを知らされますね。
「深呼吸」という言葉から、思わず「気持ちいい!」という声まで聞こえてきそうです。
何気ない日常の中にも、小さな秋、小さな「ありがとう」がありますね。
特に去年、一昨年と厳しい残暑が今年はなかった。「いつもの秋ありがとう」がありますね。
皆様も季節の変わり目、どうぞお身体を大切に。
今年も、岡山からぶどうが届きました。優しい緑色のシャインマスカット、深い紫色のピオーネ。秋が口いっぱい広がります。ご馳走様のお電話で
「お元気ですか?」
「おかげさまで元気です。」
「お元気ですか?」
「はい、おかげさまで」
何気ない挨拶が来年も出来ますように、感謝しながら頂きます。
美味しそうな秋のお便りをありがとうございます。
「秋が口いっぱい広がります」という言葉に、
こちらまで秋の味覚をいただいたような気持ちになります。
そして「お元気ですか」「おかげさまで」。何気なく交わしている挨拶ですが、
こうして改めて読むと、とてもありがたい言葉ですね。
来年もまた同じ挨拶ができますように。
ぶどうと一緒に届いたのは、遠く離れた方との温かなご縁なのかもしれませんね。
風そよぐ
仏花 長持ち
する季節
夏場は花が傷みやすいですが、秋は比較的よい気がします。熱心に墓参りをしていた祖母は、夏場に花を替える頻度が高かったと言っていました。
よい気候なので、お彼岸のお参りは理想的だと思います。
とても生活感のある一句ですね。
「秋になって仏花が長持ちするようになった」という小さな変化から、
お墓参りをしていたお祖母さまの姿が思い出される。
そして、夏には何度もお花を替えてお墓参りをされていたお祖母さま。
仏花を通して、今もそのお姿が思い出されることが素晴らしいです。
秋のお彼岸、お祖母さまを思いながらのお参りも、また大切な「ありがとう」
の時間になりそうですね。
じいちゃんの自転車の後は僕の指定席。仕事で忙しい両親にかわり僕を自転車に乗っけて、静岡の町を東へ西へ色々な所へ連れて行ってくれました。あの時は言えなかった「じいちゃんありがとう」をお浄土に届けます。
風をきる ニケツ自転車 懐かしい
懐かしく、温かいお話をありがとうございます。
静岡の町を東へ西へ――風を切って走ったお二人の姿が目に浮かぶようです。
子どもの頃には当たり前だったことも、年月を重ねて振り返ると、それがどれほど
ありがたいことだったのかに気づかされますね。
あの時は言えなかった「じいちゃんありがとう」。
きっと大切な思い出とともに、お浄土へ届いていることでしょう。
「風をきる ニケツ自転車 懐かしい」
「ニケツ(二人乗り)」という言葉が、あの頃の少年に戻ったようで、
とてもいいですね。
私が生まれた時、祖父母はお浄土の住人でした。だから顔も知らず、話をしたこともありません。私がおばあちゃんになって孫って「目に入れても痛くない」って本当に可愛いものなんだと思いました。会ったことはないけど、お浄土で会ったら可愛がって下さいね。会えるのを楽しみにしています。祖父母から父母へ、私から子そして孫へご縁が続きますようにm(_ _)m
心温まるお話をありがとうございます。
お顔も知らないおじいさま、おばあさま。でも、ご自身がおばあちゃんになり、お孫さんの
可愛さを知ったことで、会ったことのない祖父母のお気持ちにも思いが届いたのですね。
祖父母から父母へ、私から子へ、そして孫へ――。
これからも、この温かなご縁が続いていきますように。